Tarun Cariappa氏の一族は、南インドの高地にある農場で、3世代にわたってコーヒーを栽培してきました。農場には、高く伸びたジャックフルーツとマンゴーの木の間に深緑の樹木が広がり、時折、野生のゾウが姿を現します。

でも、「コーヒーと紅茶、どちらにしますか?」という一般的な問いに対して、Cariappa氏は、ほとんどのインド人と同様に、いつも「紅茶でお願いします。」と答えていました。

Cariappa氏は、鮮やかな赤い実をつけたコーヒーチェリーに彩られた植物の一部を、注意深く確認しながら、「父と母の一日は、一杯の紅茶から始まっていました。」と話します。「ですから、今までコーヒーを飲んだことは一度もありません。」

インドは長い間、世界の主なコーヒー生産地の一つでしたが、その国名は、ほぼ紅茶の代名詞となっています。20世紀の大半の期間において、インドは、ダージリンやアッサムの品種で有名な世界最大の紅茶栽培国であり、インド独自のチャイという飲み物が、市街地と地方の農村の各地で(インドといえば紅茶という)定番化した流れを止めながらも、紅茶好きな消費者たちの間では今も変わらぬ認識です。

インド国内で1杯のコーヒーを注文したとしても、ほとんどのお店で、砂糖入りの温かいミルクにインスタントコーヒーの結晶が沈んだ飲み物か、または氷とともに更に砂糖がたっぷり入った飲み物が出てきます。つまり、抽出したコーヒーを飲むインド人はわずかであり、インド国内で栽培される素晴らしい作物は、事実上イタリアなどに輸出されて、エスプレッソブレンドで有名なブランドに使用され、非常に高い価格で販売されているということです。

しかしながら、現在、一握りのインド人生産者や起業家が、国内の消費者をターゲットに、美味しく、焙煎したてのインド産コーヒー豆を、急成長中の都市の中産階級の人々に販売しようと奮闘しています。

Cariappa氏は、責任感があり落ち着いた雰囲気をもつ、経験豊富な生産者です。1958年、インド独立から10年後、Cariappa氏の家族は、カルターナカ州沿岸部にあるウダヤギリ産地を購入しました。

何年もの間、毎年、彼の農場で栽培された15トンのコーヒーはすべて、収穫し、パルピングと天日干しを行ったあと、仲買人に買い取られて海外で消費されていました。彼が育てている植物のほとんどは、人気焙煎所が好んで使用するアラビカという高価な品種ですが、栽培しやすいとの理由から、より価格が安いロブスタ種への変更を検討していると言います。

2年前、彼は、TheIndianBean.comの創設者であるKunal Ross氏に少量のアラビカ豆を販売し始めました。TheIndianBean.comは、国内の消費者向けにコーヒーを販売するウェブサイトで、南インドの4人の生産者たちが手掛けているビジネスです。Ross氏は、アラビカ豆を焙煎して、Appa'sという商品名で販売しています。

この豆で淹れたコーヒーについて、Ross氏のウェブサイトでは、アーシーでナッツのようなフレーバーがあるとファンたちから評されていますが、Cariappa氏は実際に飲んだことがありません。

彼の母親は、最近ベンガルール近くの町から帰ってきた際に、マリオットホテルの客室にAppa'sのコーヒーバッグがあったと彼に報告しました。

「それなのに、写真も撮らなかったのか!」Cariappa氏は、祖父が1950年代に作った母屋の桃色のベランダに座りながら、やんわりと彼女を責めました。

Cariappa氏は、「今は、自分自身の作ったコーヒーに、何らかのアイデンティティがあるような気がしています。」と言います。「一旦他人の手に渡ってしまえば、コーヒーの入った袋がどこに行くのか私はいまだに知りませんが、Kunal氏から購入した人たちは、Appa'sがどこで生産されたものか知っているのです。」

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インド産コーヒーの国内市場を作り上げるための取り組みは、この国の経済発展を表す最新の兆候の一つとなっています。また、このことは、生産者をサプライチェーンの最底辺から少しだけ引き上げ、長い間コーヒーを異国の高級品としてとらえてきたインド人消費者と生産者とをつなげようとする、努力の表れでもあります。

Ross氏は、南インドのなだらかな丘の斜面に広がるシェードグロウンコーヒーの木々は、多くの生産者にとってただの商品作物にすぎないと言います。彼はこのことを、生産者がチョコレートを食べたことがない南アフリカのココアにたとえました。

前職が広告代理店勤務で、2012年に自身の会社を立ち上げたRoss氏(34)は、「多くの生産者は、コーヒーを育てているということを全く理解していません。」と話しました。「彼らにとって、欧米へ販売しているのは未知の作物でしかないのです。」

最近まで、インド国内の消費者の多くは、地元で生産されたコーヒーを直接購入することはおろか、国産コーヒーを入手することもできませんでした。

インドが1990年代初頭に自由経済化を開始する前、ソビエト連合などから武器を輸入するための農産物として、コーヒー生産者は皆、生産したコーヒーを政府に販売することが義務付けられていました。

コーヒーを飲む文化をもつ唯一の地域である南インドでは、濃く、スモーキーな口当たりにするため、地元の豆をチコリーと混ぜたり、サトウキビの砂糖と混ぜたりすることもありましたが、こうした飲み物は国内の他の地域では飲まれていませんでした。

前職がヘッジファンドのトレーダーで、現在はニューデリーを拠点とするTokai Coffee Roastersの経営者、Matt Chitharanjan氏(32)は、「この国でコーヒーを飲む人たちは、もっと様々な種類のコーヒーを飲みたいと強く感じています。」と話します。

Chitharanjan氏は、ウィスコンシン州で南インド出身の両親の間に生まれ、ニューヨークとサンフランシスコでの生活の間に、高級コーヒーの味を開発しました。彼は、2012年にインドの首都に引っ越した時、高価なイタリアのブランドコーヒーが販売店に到着する前に古くなっているのをしばしば目にし、高級レストランでエスプレッソを注文しても、インスタントコーヒーにミルクとチョコレートパウダーを混ぜた不思議な飲み物が提供されることに、いつもうんざりしていました。

彼は生産者と連絡を取り、生産したコーヒーを直接彼に販売するよう交渉して、自宅で焙煎するようになりました。2013年1月、彼は、初年度にインド全土に7トンのコーヒーを販売したBlue Tokaiを立ち上げて、豆を入れる茶色いペーパーバッグの表面に、豆を生産した農園の名前を印字しました。

「生産者たちは少し懐疑的でした。彼らは、自分たちが栽培しているコーヒーの品質に需要がないと考えていたようです。」Chitharanjan氏は続けて、「でも、その反響は非常に素晴らしいものでした。」と言いました。

全員に変化を受け入れる準備が整っているわけではないことを、彼は理解しています。Chitharanjan氏のオフィスは、彼の義理の両親宅と繋がっていますが、今も義理の両親が朝の1杯目に飲むのは、何十年もの間インド人が唯一購入できるコーヒーだった、ネスカフェのインスタントコーヒーです。

彼によると、新規客の中には、ネスカフェのようにコーヒー粉を水に溶かして飲もうとする人もいるようです。

彼は、「私はそうした方々に、そのやり方では飲めないと伝えるんです。」と話します。「まだこれから伝えていかなければならないことがあります。」

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平均的なアメリカ人が年間9ポンド(約4kg)のコーヒーを消費するのに対し、平均的なインド人消費者が年間に消費するコーヒーは0.25ポンド(約0.1kg)よりも少なかったのです。しかし、政府機関のインド・コーヒー委員会によると、この数字は、直近の10年間で3倍近くまで増加しているといいます。

こうしたコーヒー消費量の増加は、インド産コーヒーを量産品市場に売り込む2つのチェーン店の成功により加速しました。それは、ベンガルールを拠点として国内に1600店舗を構えるCafe Coffee Dayと、2012年に上陸して、協力会社のTata Coffeeコングロマリットが所有するインドの農場から独自にコーヒー豆を仕入れてエスプレッソを作る、スターバックスです。

小規模な新規小売業者は、消費者と生産者を直接つなぐ役割をしながら、単一産地から仕入れたコーヒーを売りにすることで、巨大なビジネスをかじりたいと考えています。0.5ポンド(約200g)入りパックでおよそ6ドルのコーヒーは、ネスカフェよりも高く、スターバックスよりも安いです。

ベンガルールの研究所と研修センターを運営するCoffee Lab Indiaの創業者、Sunalini Menon氏は、「新規参入業者らは、地元で生産された特別なコーヒーに感謝するという考え方を消費者に示すようになりました。」と話します。「インド人のコーヒー消費者が、そのような環境に感謝しようとするようになるまでには、もう少し時間がかかるでしょう。」

Menon氏は、カルターナカ州で農園の3代目としてコーヒーを生産するTej Thammaiah氏など、インド人の生産者に、国内外の消費者向けに豆の品質を向上させる方法を指導しました。Thammaiah氏は、コーヒーとともに、カルダモン、バニラ、柑橘類や他の植物の栽培を始め、豆に様々なフレーバーを加える努力をしています。

焙煎したコーヒーを、自分の農園や昨年立ち上げに参加したFlying Squirrelというウェブサイト経由で販売するThammaiah氏は、「私たちの国では紅茶を飲む習慣がありますが、コーヒーには、紅茶に無いような多くのフレーバーと可能性が存在しています。」と言います。

祖父はコーヒー委員会の幹部、おじはTata Coffeeの副社長というコーヒー一家に生まれたThammaiah氏は、インドの消費者たちが、地元生産者でいることのメリットと家族経営の産地が取り組む持続可能な農法のメリットに気付きつつあると話します。

Thammaiah氏の広大な140エーカーの農園で働く従業員たちは、屋上にパラボラアンテナが設置された社員寮に住んでいます。農場では、従業員の子供たちの学費を負担しており、中にはエンジニアになった子供もいるとThammaiah氏は言います。

一方、Cariappa氏の産地には、彼の父親が雇ったコーヒーピッカーの女性がおり、Cariappa氏が赤ん坊だった頃に世話をしてくれていました。彼の2歳の息子であるAppayah君が、太陽を浴びた豆を選別する従業員のそばをよちよちと歩いていると、Cariappa氏は笑顔でこう言いました。「彼がこの農園の4代目です。」